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「教会は、偉大な教師であり、価値基準を築くものです。その勧告は、不死不滅と永遠の命へ人々を導き、人生をさらに満ちたものにさせ、この人生の涙の谷間を歩む中でさらに豊かで幸福な生活を得させ、素晴らしくかつ驚くべき人の将来にわたしたちを備えさせるように計画されています。この教会に信仰を持ち続けなさい。この教会は真実の教会であり、神の教会です。この教会のかしらとして立っておられる方は、主イエス・キリスト、世の贖い主です。この教会は、神の聖なる御子の名前を戴く全能の神の教会です。この教会の地上における初期の指導者達は、神が立てられた計画のもとに神に召された人々です。」

(”To a Man Who Has Done What This Church Expects of Each of Us,”(この教会がわたしたち一人一人に期待することを実行した人) BYU 1995-96 Speeches, 1995年10月17日発行, p. 52.)

「なぜわたしたちの教会は他の教会で施されたバプテスマを認めないのかと不思議に思われる人々がいることでしょう。わたしたちがそれを認めない理由が二つあります:それは正当な方法で行われていないことと、また正当な権能によって行われていないという理由です。ですから改宗者がこの教会に入るときに、その人はイエス・キリストのみ名によって、水に沈められるバプテスマを、正当な権能を持っている人から受けなければなりません…。神の御子の死と埋葬と復活を類似したバプテスマの水に降り立ち、水に沈められ、水から上がってくることを知っていることは、なんと素晴らしいことでしょう。バプテスマは、罪の赦しをもたらす偉大で神聖で驚くべき儀式ですが、それはわたしたちの聖なる贖い主の死と埋葬と復活を象徴しているのです。」

(デンマーク・コペンハーゲンにおけるファイアサイドにて, 1996年6月14日.)

「家族を永続させ、これを確実にすることを可能にした聖なる神権の結び固めの力があることを、わたしは(ジョセフ・スミス)に感謝したいと思います。これまで何度も繰り返してきたように、たとえ回復に伴ったすべての悲しみや労苦や苦痛からは、家族を永遠に結び固める聖なる神権の力の他には何も得られなかったとしても、(永遠の家族を得る為に払われた)すべての苦しみの代価は、払う価値があったといえるでしょう。」

(”As One Who Loves the Prophet,” Symposium on the Life and Ministry of the Prophet Joseph Smith(シンポジウム:「預言者ジョセフ・スミスの生涯と伝道」), 1992年2月22日、 BYUにて.)

「(デンバー)に神殿を建てることが発表され、その建設用地を選んだ時、教会に対する反対の声が上がりました。その建設用地をあきらめて別の場所を選びました。するとまた妨害が入りました。けれどもわたしたちは計画を進行させること決心し、神の目的を達成するにあたって神のお導きがあると主に信頼をおきました。別の二箇所が選択されました。当時キンボール大管長とロムニー管長は二人ともご病気で、わたしは重大な責任を負っていました。十二使徒定員会会長のベンソン長老にデンバーに一緒に赴いて、そこでラッセル・テイラー長老と一緒にこの二つの候補地を見てくるのはどうだろうかと尋ねました。現在(デンバー神殿)の美しい建物が建っている場所を選ぶにあたって、みたまの導きがあったことをみなさんに証します。」
(”The War We Are Winning,”(勝ち戦さ) Ensign, 1986年11月号, pp. 43-44.)

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