私の伝道部で伝道していた二人の若者のことを忘れたことはありません。一人はスーパースターでした。教養もあり、聡明で、頭の回転が速く、少々尊大なところもありました。もう一人は看板書きでした。看板屋で働いていて、教育のレベルもあまり高くはありませんでした。自分が能力不足であることを認識していて、すべてを主に頼っていました。彼が祈るときには、主と話しているのがわかりました。暗記した祈りではなく、主との会話でした。この若者は驚くべきことを成し遂げましたが、もう一人の行いはただうわべだけで魂が入っていませんでした。力を持っている一人と、力を持っていないもう一人との違いは、歴然としていました。主に頼ってください。主は皆さんを招いておられ、必ず答えをくださいます。」
(ユタ州スミスフィールド/ローガン地区大会、神権指導者の部において、1996年4月20日)
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わたしはこの教会の指導者の一人として、主に助けを求めることができます。わたしたちはそれを知っていますが、もうすこし熱心にする必要があります。主のみ手に事をゆだねられることほどわたしたちにとって助けになることはありません。…わたしの数々の祈りが答えられたと何のためらいもなく言うことができます。それを否定することができないことをよく知っています。この困難な時代において、わたしたちは導きを求めて祈ることが必要です。…祈りは、わたしたちの手に届く素晴らしい奇跡的な頼みとなる方策です。すばらしいことに、祈る事について天才である必要はありません。主は最も謙遜な者の声を聞かれるのです。
(スミスフィールド/ローガ・ユタ地区総大会親権者会、1996年4月20日)
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わたしがまだ少年でソルトレークシティーで育っていた頃、ほとんどの家は石炭を使って家を暖めていました。その為、どの煙突からも真っ黒な煙が吹き出されていました。冬の終わりになると、家の中も外もどこもが黒いすすとほこりにまみれていました。楽しみにしている訳ではありませんが、毎年お決まりの習慣がありました。それは家族全員を動員しての「春の大掃除」でした。長い冬の後に気温が温まってくると、一週間ほどが掃除の時期にあてがわれ、どの家でも母親がこの習慣に腕まくりをするのです。カーテンはすべて取り外して洗濯してから、きれいにアイロンがかけられました。窓は内も外も洗われて、まあなんと、二階建ての家だと大変な仕事になることでしょうか!壁紙はそのまま剥さずにおいておき、父親たちが、快い新鮮なにおいのするピンク色をしたパン生地にも似た壁紙クリーナーの缶を家に持って来ます。そして子供たちは缶の周りに集まります。クリーナーの生地を手にとって練り始め、それを持ってはしごに登り、先ず天上から初め、壁へと移動し、すすとよごれをその生地で掃除しながら降りてきます。生地は壁紙から取った汚れですぐに真っ黒になります。それはきつく疲れる作業ですが、掃除の結果といったらまるで魔法のようにきれいになるのです。後ろへ下がって、まだ汚い壁と見比べると、きれいになった壁は驚くばかりに美しく見えて、自分たちが知らない間になんと汚く汚れたものだろうと気づくのでした。
みんなでじゅうたんを取り払って、裏庭へ引きずり出し、一枚ずつ物干しにぶら下げます。男の子はそれぞれ、木の持ち手のついた軽いスチールのはたき道具でそのじゅうたんをはたきます。じゅうたんをはたくとほこりが飛び出すので、ほこりがでなくなるまではたき続けます。その作業が嫌いだったことは言いようもありませんが、それが終わって、じゅうたんが元に戻された時、その結果はすばらしものでした。家はきれいになり、わたしたちの心も一新されました。まるで世界中が良くなったように見えたものです。
春の大掃除は、比ゆ的に話しますと、ちょうどわたしたちが必要なことを教えています。預言者イザヤは、「あなたがたは身を洗って、清くなり、わたしの目の前からあなたがたの悪い行いを除き、悪を行うことをやめ、善を行うことをならい、…主は言われる、さあ、われわれは互に論じよう。たといあなたがたの罪は緋のようであっても、雪のように白くなるのだ。紅のように赤くても、羊の毛のようになるのだ。」(イザヤ1:16-18)
(ゴードン・B・ヒンクレー、“Standing for Something” New York: Three Rivers Press, 2000, p. 49)
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「すべての人が主なる神、すなわち世の救い主の名によって語るため」(教義と聖約1:20)の聖なる神権が回復されたことをわたしの永遠の父なる神に感謝したいと思います。この優れた教会の管理にあたって麗しく驚くべき出来事が神権を通して現されることを見てきました。また神権の力が私を通して流れ出て病人を祝福し癒すことを感じたこともあります。偉大で重要な責任に召された謙遜な神権者が気高く高貴な神の力をもたらすことを見てきました。天からの力と権威をもってまるで神ご自身のみ声のように神権者が語るのを見てきました。(”My Testimony,” エンサイン1993,年11月号p. 52)
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もし他の人に対する敵意の醸し出す毒気をその心に育む人がいるなら、その人を赦すための力を主に願い求めてください。この願いを表現することは、あなたの悔い改めの最も重要な実体になります。それは簡単なことではないかもしれません。すぐに手に入れられるものでもないかもしれません。しかし、もし真心から赦す心を求め、それを培っていくなら、それを得ることができます。たとえあなたが赦した人が、続けてあなたを追い続け脅しても、あなたは和解を有効にするために尽くしたことに納得するでしょう。あなたの心に、和解以外からは手に入れられない平安が訪れるでしょう。その平安は、神からの平安です。主はこのように言われました。
「もしも、あなたがたが、人々のあやまちをゆるすならば、あなたがたの天の父も、あなたがたをゆるして下さるであろう。もし人をゆるさないならば、あなたがたの父も、あなたがたのあやまちをゆるして下さらないであろう。」(マタイ6:14-15)
(“Be Thou an Example” [Salt Lake City: Deseret Book, 1981], pp. 50-51.)
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わたしたちを傷つけた人を赦すことは、誰にとってもどんなに難しいことでしょう。わたしたちは、人が自分にした悪いことを根に持つ傾向があります。いつまでもその事ばかり考えていると、それは苦痛で破壊的なしこりになります。人の誤りを赦し忘れるという徳ほど今の時代に必要とされている徳が他にあるでしょうか。赦して忘れることは、弱さのしるしだと考える人があります。それは弱さでしょうか。苦しみぬいた人の誤りに憤り、根に持って、これに応報する計画を立てる人の力は、強さでもなければ、知的なことでもないということを断言したいと思います。「お相こになる」日を待って生きることには、なんの幸福もありません。(”‘Of You It is Required to Forgive,’” エンサイン, 1980年11月号, p. 62.)
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1820年の早春の朝、御父と御子が少年ジョセフ・スミスに現れたとき、わたしたちにとって最も驚くべき霊的な顕現が起こりました。今日の教会に見るすべての恵みは、この驚くべき神とその御子の訪れの結実であり、その証はあらゆる国々の何百万人という人々の心を感動させました。わたくしも聖霊を通して与えられたこの証に声を揃え、預言者ジョセフ・スミスの経験した永遠の父なる神と復活された主イエス・キリストがジョセフ・スミスに語られたというこの驚くべき出来事が真実であること、そして神とジョセフの会話が今日私達が交わす会話と同じように、真実、個人に親しく語りかけられたことを証します。(”Be Thou an Example,” Salt Lake City: Deseret Book, 1981, p. 51.)
わたしは最初の示現が真実であという証を持っていることを天父に感謝します。わたしは少年ジョセフがひざまずいた森の木々の間にたたずんだ時、ジョセフが証したように、みたまのささやきがわたしにジョセフの経験が真実であることを告げました。(”My Testimony, ” Ensign, November 1993, p. 51.)
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ゴードン・B・ヒンクレー大管長は、伝道に出る前に与えられた父親からの教訓をこのように語りました。
私が伝道に出たとき、父が新約聖書の中にある百卒長の娘が癒された知らせを持ってきた僕の話しが書かれたちいさなカードをくれました。これらの聖句には、「恐れるな、ただ信じなさい。」と書かれていました。兄弟姉妹の皆さんにこの言葉を勧告として与えます。もしあなたが義しい方についているなら、恐れることはありません。
(1996年2月18日、ハワイ・オアフ地区大会にて)
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ヨーロッパ伝道部会長のジョセフ・F・メリル長老は、ある帰還していく宣教師に伝道についてヒーバー・J・グラント大管長に簡潔な報告をするよう手配しました。報告を依頼された帰還宣教師、ゴードン・B・ヒンクレー長老が大管長会の事務室に入ると、報告の時間は15分打だけであることが伝えられました。ところがこの面接は15分どころか、1時間15分も続き、大管長会の面々は若きヒンクレー長老の才能と実力の素晴らしさに心を打たれたので、数日後教会のラジオ・広報・伝道関係印刷物委員会の顧問秘書としての職を提供しました。こうしてゴードン・B・ヒンクレー長老の教会への終生の奉仕が始まったのです。
ローレンス・R・フレーク、”Prophets and Apostles of the Last Dispensation“, BYU Religious Studies Center: Provo, 2001年, pp 241-242.
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教会のカンファレンスセンタにある「預言者のホール」において2日間にわたって行われた故ゴードン・B・ヒンクレー大管長との対面には、多数が訪れました。忠実な会員たちが末日聖徒イエス・キリスト教会の第15代預言者の逝去にともない、別れと敬愛の念を示すために長蛇の列を作りました。[…]
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