奇跡
Posted in ゴードン・ヒンクレーの言葉, 証 on 3 月 3, 2008 | No Comments »
「兄弟姉妹の皆さん、私は生涯を通して奇跡を見てきました。その中でも最高の奇跡は、回復されたイエス・キリストの福音を受け入れて、その教えを守って生活しようとする人に起こる変容だと思います。」
(カリフォルニア州バカビル/サンタローサ地区大会、1995年5月21日.)
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「兄弟姉妹の皆さん、私は生涯を通して奇跡を見てきました。その中でも最高の奇跡は、回復されたイエス・キリストの福音を受け入れて、その教えを守って生活しようとする人に起こる変容だと思います。」
(カリフォルニア州バカビル/サンタローサ地区大会、1995年5月21日.)
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Posted in ゴードン・ヒンクレーの教え, 証 on 2 月 25, 2008 | No Comments »
テレビの前に座ってアイゼンハワー大将の葬儀を見ている間、ガラリアの偉大な人物、イエス・キリストの奇跡に思いをはせました。その生涯と教えは、イエスがこの地上を歩いておられる時代と同じように、わたしたちの時代に於いても重要性を増してきたと宣言したいと思います。このようなキリストに対する思いを別の機会に述べることがありました。それはぼさぼさの髪の毛の若い学者がわたしにこう尋ねたときでした。「いったいどんな関わりがあるのですか。イエスはわたしたちにとってどんな重要性があるというのですか?イエスが地上に生きていたときにエルサレムを占拠していたローマ軍が今のわたしたちにとって何の関連性もないように、イエスは時代遅れではありませんか。」
「関連性?」とわたしは尋ね返しました。「愛する自分の子供が墓に埋められるのを涙を流して見ていたわたしの友達に尋ねなさい。事故で夫を亡くしたわたしの隣人に尋ねなさい。蒸し暑いベトナムのジャングルで死んでいった何千人という善良な青年の 父親や母親に尋ねなさい。復活された主イエス・キリストだけが、これらの人々の慰めです。冷たく赤裸々な死の事実よりも、永遠の生命を保証することほどの重要な関連性がどこにありますか。…これこそが復活された主の約束です。すべての人が死すべき世の中にあってイエスの関連性とは、わたしたちに復活をもたらされたことなのです。しかし、死以上にさらに深く直接わたしたちに重要な関連性があります。イエスが死を克服された方であるように、イエスは命の主でもあります。イエスの道は、わたしたちが住んでいる世の中の困苦に対する答えなのです。」(”The Wonder of Jesus,” インプルーブメント1969年6月, p. 74.)
Posted in ゴードン・ヒンクレーの言葉, 証 on 2 月 25, 2008 | No Comments »
モルモン書が最初に出版されて以来1世紀半経った今日は、そのモルモン書の歴史の中ではどの時代に比べてもこの書物がさらに広く読まれている時代です。…この書物が人の心に訴えかけるのは、真理がそうであるように時代の分け隔てがなく、人類にとって普遍的なものです。この書物はそれが真実かどうかを知るために、聖なる神の力によってそれが明らかになると読者に約束されている唯一の書物です。その起源は奇跡であり、その書物について良く知らない人がその起源についての話を耳にする時、それはあまりにも信じがたいものです。しかしこの書物は、誰もが手にとってそれに触れ、読むことができる書物です。誰もその存在を否定することはできません。ジョセフ・スミスによって与えられたこの書物の起源以外、モルモン書の由来を知るためのあらゆる努力は、実体に欠けることが示されてきました。モルモン書は古代アメリカにおける記録です。またそれは聖書が旧世界でそうであったように、モルモン書は新世界における聖典です。聖書とモルモン書は相互にその存在を証しています。それぞれが人にその真実性を確信させ、キリストに改宗するための神の霊感と力を備えています。これら二つの書物は、手に手を取り合って、イエスがキリストであり、イエスが復活され、イエスは生ける神の生ける御子であることを証する書物となりました。
(”‘An Angel from on High, the Long, Long Silence Broke,’” エンサイン1979年11月号, pp. 7-8.)
Posted in ゴードン・ヒンクレーの言葉, 証 on 2 月 25, 2008 | No Comments »
過去150年間、ずっと明らかに示されてきたことは、文学的な分析や科学的研究がモルモン書の真実性について人に安心を与え、最も歓迎される証拠を打ち出したとしても、モルモン書が真実であることは、それらによって決定されるのではないという事実です。過去においてそうであったように、現在にも未来においても、敬虔で尊重の気持ちと祈りを通してモルモン書を読むことによって、この書物が真実であることが決定されるのです。
(”‘Praise to the Man,’” BYU Devotional Speeches of the Year、1979年11月4日、 p. 205).
Posted in 証 on 2 月 20, 2008 | No Comments »
わたしはこの教会の指導者の一人として、主に助けを求めることができます。わたしたちはそれを知っていますが、もうすこし熱心にする必要があります。主のみ手に事をゆだねられることほどわたしたちにとって助けになることはありません。…わたしの数々の祈りが答えられたと何のためらいもなく言うことができます。それを否定することができないことをよく知っています。この困難な時代において、わたしたちは導きを求めて祈ることが必要です。…祈りは、わたしたちの手に届く素晴らしい奇跡的な頼みとなる方策です。すばらしいことに、祈る事について天才である必要はありません。主は最も謙遜な者の声を聞かれるのです。
(スミスフィールド/ローガ・ユタ地区総大会親権者会、1996年4月20日)
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「すべての人が主なる神、すなわち世の救い主の名によって語るため」(教義と聖約1:20)の聖なる神権が回復されたことをわたしの永遠の父なる神に感謝したいと思います。この優れた教会の管理にあたって麗しく驚くべき出来事が神権を通して現されることを見てきました。また神権の力が私を通して流れ出て病人を祝福し癒すことを感じたこともあります。偉大で重要な責任に召された謙遜な神権者が気高く高貴な神の力をもたらすことを見てきました。天からの力と権威をもってまるで神ご自身のみ声のように神権者が語るのを見てきました。(”My Testimony,” エンサイン1993,年11月号p. 52)
Posted in 証 on 2 月 19, 2008 | No Comments »
1820年の早春の朝、御父と御子が少年ジョセフ・スミスに現れたとき、わたしたちにとって最も驚くべき霊的な顕現が起こりました。今日の教会に見るすべての恵みは、この驚くべき神とその御子の訪れの結実であり、その証はあらゆる国々の何百万人という人々の心を感動させました。わたくしも聖霊を通して与えられたこの証に声を揃え、預言者ジョセフ・スミスの経験した永遠の父なる神と復活された主イエス・キリストがジョセフ・スミスに語られたというこの驚くべき出来事が真実であること、そして神とジョセフの会話が今日私達が交わす会話と同じように、真実、個人に親しく語りかけられたことを証します。(”Be Thou an Example,” Salt Lake City: Deseret Book, 1981, p. 51.)
わたしは最初の示現が真実であという証を持っていることを天父に感謝します。わたしは少年ジョセフがひざまずいた森の木々の間にたたずんだ時、ジョセフが証したように、みたまのささやきがわたしにジョセフの経験が真実であることを告げました。(”My Testimony, ” Ensign, November 1993, p. 51.)
Posted in ゴードン・ヒンクレーの教え, ゴードン・ヒンクレーの言葉, 証 on 2 月 15, 2008 | No Comments »
「教会は、偉大な教師であり、価値基準を築くものです。その勧告は、不死不滅と永遠の命へ人々を導き、人生をさらに満ちたものにさせ、この人生の涙の谷間を歩む中でさらに豊かで幸福な生活を得させ、素晴らしくかつ驚くべき人の将来にわたしたちを備えさせるように計画されています。この教会に信仰を持ち続けなさい。この教会は真実の教会であり、神の教会です。この教会のかしらとして立っておられる方は、主イエス・キリスト、世の贖い主です。この教会は、神の聖なる御子の名前を戴く全能の神の教会です。この教会の地上における初期の指導者達は、神が立てられた計画のもとに神に召された人々です。」
(”To a Man Who Has Done What This Church Expects of Each of Us,”(この教会がわたしたち一人一人に期待することを実行した人) BYU 1995-96 Speeches, 1995年10月17日発行, p. 52.)
Posted in 証 on 2 月 15, 2008 | No Comments »
「家族を永続させ、これを確実にすることを可能にした聖なる神権の結び固めの力があることを、わたしは(ジョセフ・スミス)に感謝したいと思います。これまで何度も繰り返してきたように、たとえ回復に伴ったすべての悲しみや労苦や苦痛からは、家族を永遠に結び固める聖なる神権の力の他には何も得られなかったとしても、(永遠の家族を得る為に払われた)すべての苦しみの代価は、払う価値があったといえるでしょう。」
(”As One Who Loves the Prophet,” Symposium on the Life and Ministry of the Prophet Joseph Smith(シンポジウム:「預言者ジョセフ・スミスの生涯と伝道」), 1992年2月22日、 BYUにて.)
Posted in ゴードン・ヒンクレーの逸話, 証 on 2 月 13, 2008 | No Comments »
「(デンバー)に神殿を建てることが発表され、その建設用地を選んだ時、教会に対する反対の声が上がりました。その建設用地をあきらめて別の場所を選びました。するとまた妨害が入りました。けれどもわたしたちは計画を進行させること決心し、神の目的を達成するにあたって神のお導きがあると主に信頼をおきました。別の二箇所が選択されました。当時キンボール大管長とロムニー管長は二人ともご病気で、わたしは重大な責任を負っていました。十二使徒定員会会長のベンソン長老にデンバーに一緒に赴いて、そこでラッセル・テイラー長老と一緒にこの二つの候補地を見てくるのはどうだろうかと尋ねました。現在(デンバー神殿)の美しい建物が建っている場所を選ぶにあたって、みたまの導きがあったことをみなさんに証します。」
(”The War We Are Winning,”(勝ち戦さ) Ensign, 1986年11月号, pp. 43-44.)