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Archive for the ‘ゴードン・ヒンクレーの教え’ Category

わたしたちを傷つけた人を赦すことは、誰にとってもどんなに難しいことでしょう。わたしたちは、人が自分にした悪いことを根に持つ傾向があります。いつまでもその事ばかり考えていると、それは苦痛で破壊的なしこりになります。人の誤りを赦し忘れるという徳ほど今の時代に必要とされている徳が他にあるでしょうか。赦して忘れることは、弱さのしるしだと考える人があります。それは弱さでしょうか。苦しみぬいた人の誤りに憤り、根に持って、これに応報する計画を立てる人の力は、強さでもなければ、知的なことでもないということを断言したいと思います。「お相こになる」日を待って生きることには、なんの幸福もありません。(”‘Of You It is Required to Forgive,’” エンサイン, 1980年11月号, p. 62.)

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「教会は、偉大な教師であり、価値基準を築くものです。その勧告は、不死不滅と永遠の命へ人々を導き、人生をさらに満ちたものにさせ、この人生の涙の谷間を歩む中でさらに豊かで幸福な生活を得させ、素晴らしくかつ驚くべき人の将来にわたしたちを備えさせるように計画されています。この教会に信仰を持ち続けなさい。この教会は真実の教会であり、神の教会です。この教会のかしらとして立っておられる方は、主イエス・キリスト、世の贖い主です。この教会は、神の聖なる御子の名前を戴く全能の神の教会です。この教会の地上における初期の指導者達は、神が立てられた計画のもとに神に召された人々です。」
(”To a Man Who Has Done What This Church Expects of Each of Us,”(この教会がわたしたち一人一人に期待することを実行した人) BYU 1995-96 Speeches, 1995年10月17日発行, p. 52.)

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「なぜわたしたちの教会は他の教会で施されたバプテスマを認めないのかと不思議に思われる人々がいることでしょう。わたしたちがそれを認めない理由が二つあります:それは正当な方法で行われていないことと、また正当な権能によって行われていないという理由です。ですから改宗者がこの教会に入るときに、その人はイエス・キリストのみ名によって、水に沈められるバプテスマを、正当な権能を持っている人から受けなければなりません…。神の御子の死と埋葬と復活を類似したバプテスマの水に降り立ち、水に沈められ、水から上がってくることを知っていることは、なんと素晴らしいことでしょう。バプテスマは、罪の赦しをもたらす偉大で神聖で驚くべき儀式ですが、それはわたしたちの聖なる贖い主の死と埋葬と復活を象徴しているのです。」
(デンマーク・コペンハーゲンにおけるファイアサイドにて, 1996年6月14日.)

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