わたしはこの教会の指導者の一人として、主に助けを求めることができます。わたしたちはそれを知っていますが、もうすこし熱心にする必要があります。主のみ手に事をゆだねられることほどわたしたちにとって助けになることはありません。…わたしの数々の祈りが答えられたと何のためらいもなく言うことができます。それを否定することができないことをよく知っています。この困難な時代において、わたしたちは導きを求めて祈ることが必要です。…祈りは、わたしたちの手に届く素晴らしい奇跡的な頼みとなる方策です。すばらしいことに、祈る事について天才である必要はありません。主は最も謙遜な者の声を聞かれるのです。
(スミスフィールド/ローガ・ユタ地区総大会親権者会、1996年4月20日)