ゴードン・ヒンクレー大管長略歴
2 月 13, 2008 by admin
ゴードン・B・ヒンクレーは、預言者になるべく神のみ手によって備えられました。米国ユタ州ソルトレークシティー地域で成長した大管長は、1919年4月28日にその父親であるブライアント・ヒンクレーによってバプテスマを受けました。ユタ大学から卒業した後、英国への伝道に召されました。帰還後、ジャーナリズムの研究を勧める為に大学院に進むという以前の計画を変更し、末日聖徒イエス・キリスト教会に生涯献身しました。幅広く広報関係の分野で才能を発揮し、ザ・チャーチラジオ、宣伝広告、広報印刷委員会の幹部秘書として雇用されました。末日聖徒イエス・キリスト教会の使徒として召されたのは1961年のことでした。中央幹部としてキンボール大管長、ベンソン大管長、ハンター大管長の三代にわたる大管長会で顧問としての召しを果たしました。
ヒンクレー大管長は、実際的でありながらもビジョンに満ち、大胆かつ聡明、教会に対する証と教会指導者としては柔和でありながらも粘り強いという特徴を兼備していました。イエス・キリストの福音を推し進めることにおいては、テクノロジーとメディアの大きな可能性を十分に理解していました。また前代比類の神殿建設の時代の扉を開く霊感を持ち、人々に助言と忠告、慰めを与える為に多大な時間をかけ世界の諸国を訪問し、教会内はもとより、宗教を異にする人々へも友好の手を差し伸べました。
ヒンクレー大管長は分け隔てなくあらゆる人々から愛され慕われていました。人生の最後まで救い主イエス・キリストを親しく知り、そしてキリストに従う人でもありました。ヒンクレー大管長は、信仰の模範を示し、世界に点在する神殿を後世への受け継ぎとして築き、世界に希望と励ましを与えるという不朽の業績の数々を残されました。
ヒンクレー大管長は、2008年1月27日の日曜日に、愛する家族と友人の見守る中、静かに息を引き取られました。